入院・その10
母は今日も懸命に食べようと努力し、色々食べたが、どれもこれも力にならないものばかり。
父がおかゆを少しばかりすすめてみたが、それはいらないと言って拒否。
母は母なりに精一杯食べる努力をしているのだが、母の兄嫁が以前看護婦をしていたことを思い出し、夜に電話で話しをしてみたのだが、やっぱりたんぱく質のものを食べた方がいいと言われた。
そうじゃないと、どんどんやせてしまうと。
でも、母はどうしてもご飯系は食べたくなくて、果物系でさっぱりあっさりしていて、のど越しのいいものを食べたがる。
だが、昨日は私たちが帰った後も吐かなかったようだし、今日も吐かなかったようなので、この調子で頑張れば食欲も回復するかもしれないとの望みが出てきた。
父は再来年の3月で定年退職なのだが、もう会社を辞めて母につきっきりで看病したがっている。
父は母命のような人だし、母の衰弱ぶりを目の当たりにして、普段気丈で快活だった母が『死んでもいい』とまで思っていたということを知って、もういてもたってもいられないのだろう。
だが、今日妹と電話で話した時に、妹の旦那様の兄弟が交通事故で3日くらいICUに入っていたことがあったらしく、3日で1500万かかったそうだ。
それに、もしも母が膠原病や白血病だった場合、その治療費には1000万や2000万はかかると覚悟しておいた方がいいと、薬剤師に言われたと言っていた。
だから、父にはやっぱりちゃんと定年退職まで働いてもらった方がいいんじゃないかと思った。
もしもやめるなら、私の方がいい。
私なら、たとえ占い鑑定をやめたとしても、来春から占い教室を始める予定だったから、教室は1ヶ月に多くて3~4回くらいなので、それで生活費はなんとかなるはずだ。
それ以外の日を母の介護に当てることが出来るから、父には今までどおり働いてもらった方がいいと思う。
「実は・・・」と母の兄嫁にショックなことを打ち明けられた。
母の兄が前立腺癌なのだそうだ。
おじさんは75歳だが、これまでに脳梗塞・胃潰瘍・脳溢血・肺癌・蓄膿などをしていて、そのすべてが手術を施している。
だが、前立腺癌の手術は身体に負担がかかるので、しない方がいいと言われたらしい。
その代わり、進行を抑える薬を一週間ほど前から飲み始めたということで、本当は近々このことでうちに電話しようと思っていたらしいのだ。
ただ、今は母もこんな状態なので、母には内緒にしておこうということになった。
なんなんだろう・・・
歳をとるってこういうことなのだな。
わかってはいるけれど、なんだか虚しい。
だって、母は気丈で快活で、家庭を持って私たちを生み育て、町内の役員なども何十年も勤めて、色々なことに貢献してきた人なのに、それでも歳をとればこんなふうに身体が弱ってしまい、苦しんだりしなければならない。
私なんてどうなっちゃうの?
私なんて何の役にも立ってないよ。
ただポーッと生きてるだけ。
快活でもないし。
なんだかこれってリストラに似ているような気がする。
今でこそ心配はだいぶなくなったけれど、父は日産自動車に務めていて、日産は一時酷い不景気に見舞われ、従業員たちは随分リストラに遭い、そんな中、父は肩たたきの対象になっており、その当時は自殺でもしかねないと思うほど悩んでいた。
まだまだ家のローンだって残っていたから・・・。
私はそのときも今のような気持ちになった。
悔しかった。
だってそうだろう。
父たちが今までの会社を支えてきたのだ。
それなのに、不景気になった途端『歳だから』という理由で解雇だなんて、そんな理不尽が許されるのか。
でも父は私のこんな想いに対し、あんなにも悩んで苦しんでいたというのに
「日産さまさまなんだよ。日産があったおかげでこうして俺たちは生活してこれたんだから。」
と言ったのだ。
あのときの父のセリフを、私は忘れることが出来ない。
私がもしも父の立場であったなら、あんなふうにこんなセリフを言うことが出来ただろうか。
自分がまさに、リストラされるかもしれない、という時に、会社に感謝の気持ちを持てるだろうか。
そう思うからだ。
今の母の状態は『人生のリストラ』に遭おうとしているような、そんな状態のように思える。
母がもう80代、90代だというなら違うだろう。
でも、まだ60代になったばかりなのに、もしかしたら死ぬかもしれないなんて、そう思うと、これまで母は『母親』としてだけではなく、様々な活動を通じて色々な形で世の中に貢献してきた人なので、それだけにやるせない。
父は結局リストラされなかった。
何度も自主退社を考えた父だったが、母がなだめすかしながら支えたおかげだと思う。
だから、今度は私たちで母を支えなければ。
絶対リストラなんかさせるもんか。
負けるもんか。